東京とんかつ会議 第36回
目黒「とんき」の「ロースカツ定食」1800円
<肉2、衣3、油2、キャベツ3、ソース3、御飯2、新香2、味噌汁2、特記なし 19点(各項目3点満点、特記項目含め25点満点)>
とんかつ天国である。コの字のカウンターずらりと並んだ34人のお客さんが、ただひたすらにとんかつを楽しんでいる。とんかつ好きにとって、これほど素敵な光景は、ない。
カウンター内の厨房では、5つの大鍋で次々とカツが揚げられ、切られ、盛られて運ばれていく。注文を取る方、肉を取り出し、衣をつける方、揚げる方、切る方、キャベツやトマトを盛る方、ご飯やみそ汁を運ぶ方、おしぼりとお茶を運び、キャベツのおかわりを盛る方。
9人の男たちが、淀みなく、それぞれの役割を的確にこなしながら、一瞬でも手が空くと他の仕事を補完する、惚れ惚れとするチームワークが展開されている。これは、とんかつを主題とした舞台なのだ。
席に座り、目の前で展開されるその光景を眺めながら、「あ、あれは自分のロースカツかな」などと思いながら、胸を高めてカツを待つ。東京にはいま、多くのとんかつ屋がある。しかし老舗格のこの店は、とんかつを愛する者にとって、一つの通過儀礼なのである。
160gはあろうかと思われるかつは、縦と横に16切れに切られている。食感の違いにより飽きさせずに食べてもらいたいという考えだろうか、脂側(背側)は大きく、また両端はやや幅広に切られた、正確無比な不当分割は、「とんき」の特徴である。
肉は甘みあり脂も切れがいい。しかし肉に水分が多めなのか、高温ゆえに、衣の大部分は剥がれてしまっている。しかしその分、玉子と小麦粉を三度漬けされた衣は、カリカリで香ばしく、ほのかに甘く、肉との対比を楽しめる。また香り高いソースが、この衣によく合う。甘いキャベツは、豚汁やご飯とともに、おかわり自由。お新香は、キュウリと沢庵。
池波正太郎が、「あえて、この店が、東京中のたべもの屋の中の[名店]といいたいのも、この乙女たちのサービスがあるからだ」と書いた、女性の接客係はいなくなってしまったが、接客の精神は変わっていない。
食前食後の蒸しタオルやお茶、待つ客への順番通りの席への案内、皿から無くなりそうになった瞬間にキャベツのおかわりをたずねてくるといったスタイルはもちろんのこと、働く人たちがみな楽しそうに仕事に励んでいる気配が伝わってきて、それが客の気持ちを良くさせるのである。
それだけではない。70は超えられた恐らく一番年配の揚げ手の方は、どんなに忙しくともお客さんが帰る際に一瞬手を止め、「ありがとうございました」と優しい笑顔になる。最新のとんかつ屋と比べると、カツ自体はやや古さを否めないかもしれない。
しかし僕は、あの笑顔を授かるために、また出かけてしまうのである。